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インターン生の受け入れ

私はNPO団体、『ドットジェーピー』の会員です。(2000年度より)

主に、学生が休みの期間である
春(2月〜3月)
夏(8月〜9月)
の期間、インターン生を受け入れています。

あなたもインターン生として、私のお仕事を手伝いませんか?

申し込みは、『ドットジェーピー』よりお願い致します。

私が受け入れたインターンの感想文を掲載することにしました。
直近の方しか掲載できていませんが順次更新していくつもりです。
以前のインターンの皆さん報告書が整理できていません。ごめんなさい!


市役所の会派控え室にて、右から木村さん、山本さん、河合くん
2007年(春)
の感想文
河合 翔くん
(同志社大学)
山本紘生さん
(同志社大学)
木村友美さん
(同志社大学)

JR茨木駅頭での「朝立ち」を終えて、左から柳原さん、稲川さん、舩村くん
2006年(夏)
の感想文
稲川 香さん
(大阪大学)
柳原 舞さん
(同志社大学)
舩村武史くん
(同志社大学)

左から私、岩本さん、阪口さん、桂くんです(豊川地区文化展にて)
2006年(春)
の感想文
岩本麻衣さん
(立命館大学)
阪口直美さん
(同志社大学)
桂明仁くん
(同志社大学)

左から、小川さん、田中さん、濱口くんです。
2005年(夏)
の感想文
小川久美子さん
(同志社大学1回生)
田中頼子さん
(関西大学4回生)
濱口祥一くん
(同志社大学1回生)


2005年(春) 北村くん
(立命館大学)彼は、その後大阪大学に編入しました。

インターン前半

中村信彦議員インターン 小川久美子

作成日:8月21日

私は政治学科の学生である。入学してから四ヶ月、大学で政治学を学んで最も印象に残ったことは、ある教授の言葉である。それは、「なぜ政治参加をするのか、それは得だからだ」という言葉である。私が議員インターシップに参加したのも、その言葉に一因がある。

 インターンが開始して三週間がたった。ビラを配ったり、さまざまな施設を訪問したり、ラジオに出演したり、複数の議員さんからお話を聞いたりと、インターンに参加しなければ一生できないような貴重な体験をさせてもらってきた。それらの活動により、今までの、政治どころか周囲に対して目を向けなさ過ぎだった自分が露呈した。例えば、郵便受けに定期的に入っている広報を、読む気配もなく捨てたり、テレビは受験勉強の気晴らしのためのものだと言って、ニュースを見なかったり、こんなに施設が充実している茨木市は特別だと思っていたら、帰省してみると案外同じような施設があり、自分が気付いていないだけのことだった、といった具合だ。

 今は突然衆議院が解散し、選挙に向けての活動が主なため未成年であることが悔しい気もするが、政治参加の重要性を認識した後で、はれて選挙権を得ることも恵まれたことだと思う。最初から政治に積極的に参加する成人の人生を送る可能性が大いにあることは、幸せなことだ。

 先に述べた教授の言葉だが、この三週間活動してみて、政治参加が得だというより、政治不参加が損だという方がふさわしいと思えてきた。この気持ちを生涯忘れたくないし、この気持ちのままでいることが、インターンをやった者の責任だと思う。

 今私には目標がひとつある。それは選挙後の朝立ちで、同世代の人たちが政治参加に積極的にならずにはいられない演説をすることだ。というのも、でんでんむしの会の集まりのとき、私は、同世代のボランティアの方々が、子供たちとうまく接していたり、事前にダウン症や自閉症の勉強を済ませていたりしたところに感銘を受けたのだ。同世代の持つ影響力の大きさを感じた。だから演説はもちろん、ビラ配りの際にも、受け取ってくれそうな人をねらって渡すのではなく、同世代の人たちに受け取ってもらえるような工夫をしたい。

題:朝立ち

作成日:2005年9月26日

中村信彦議員インターン 名前:小川久美子

 

 

 政治家の政策や議会の内容などを知る手段として、街頭演説やビラなどが挙げられる。私は中学、高校と電車通学だったので、未成年の私にビラを渡してくれる人はさすがにいなかったためビラを読むことはなかったが、朝の駅での街頭演説は何度も見てきた。

正直に言うと、私は朝立ちの効果を疑問に思っていた。多くの人が電車の時刻を気にするあまり演説を聞く余裕を持てないこと、特に急いでいない時でも、演説を最初から最後まで聞くことは立ち止まらない限り無理であることなどが、その理由に挙げられる。

では朝立ちの意義は何であろうか。もちろん政策や議会の内容などを知らせることが第一であろう。しかしそれだけではないはずだ。そこで、朝立ちのその他の意義を考えてみた。

まず、存在を知ってもらうことだ。これは演説を聞く余裕がなくても、旗やたすきなどを見るだけで一瞬にして、その議員の名前や政党、顔などがわかるといった視覚的な訴えだ。

次に、その議員の政治活動の熱心さを知ってもらうことだ。朝立ちはとにかく体力的に辛い。この二ヶ月間何度か朝立ちをご一緒させていただいたが、私など一時間立つだけで疲れてしまった。前日の仕事が何時に終わるかなど関係なく、毎週朝立ちを続けることはかなり大変なことだと実感した。

以上二点は、朝立ちという行為そのものに意義を見出したものだ。しかしこれだけでは第一の意義が満たされない。そこで中村議員はさまざまな工夫をされていた。選挙期間中は熱い演説をされるが、選挙後は、まだ眠気は残るが職場に向かう人々の気持ちを考え穏やかな演説をされたり、テレビ番組という身近な話題を使って演説をされたりといった具合だ。政治が見えにくいという有権者の声にきちんと答えておられた。

我々は、政治無関心の原因を政治の不透明性に求めがちである。にもかかわらず、ビラも受け取らず演説も聞かないのでは、話が合わない。私は議員志望ではないので、これからも演説を聞く側の人間であり続けることになる。通行人が演説を最初から最後まで聞くことは不可能であることは、演説者も十分知っている。だから、1フレーズでも多く聞くようにしたい。

田中頼子 中村信彦議員インターン 第1回活動報告書

 

「政治って何?」という初歩的な疑問がきっかけで足を運んだ議員インターン。とにかくいろんな人にあって、視野を広げたいという思いもあった。「政治」といったものの本当はその次か、もっとその後の優先順位で、議員さんに対する言い訳みたいなものだったかもしれない。

 

 実際に、中村議員と共に過ごして感じたのは、「政治」は「生活の一部」だということ。それを痛いほど感じた。スーパーへパンや牛乳を買いにいくのと同じぐらい身近。身近すぎて、気にも留めていなかったし、それが当たり前だと思っていた。例えば、一本の街灯。歩道橋。納税。

 

それまで私にとって「政治は誰がやっても同じ」で、不透明な未知の世界でしかなかった。誰がやっても同じなら選ばなくてもいい、どうせ変わらないのだから。そんな投げやりな姿勢と、ブラウン管に映し出されるはげた老人達の揉め事にどうやっても興味をもてなかった。

 

 中村議員は議員らしくない議員さん。私の思い描いていた議員像はいい意味で裏切られた。少しでも住みやすい市にしよう、社会的弱者が安心して暮らせる街にしようとされる姿からは、本当にこの方は議員さんか、と最初は不思議だった。社会的地位と権力の悪用、税金の無駄遣い、そんなイメージが議員という職業にあったから。けれど、中村議員の姿勢や活動を見ているうちに、それが本来あるべき政治の形だと納得できるようになった。私のような政治に無知の学生から障害をもった方々、小さな子供まで同じ視点に立って話をすること。理論でなく実践、とことん「現場主義」であること。人のために動く努力を惜しまないこと。そして何より、やりがいを感じて仕事をされていること。

 

 私は来年から社会人になる。仕事に対する不安や辛さなんか忘れて最後の夏休みを満喫しているでしょう、と言われる身分だ。けれど、本当は不安で一杯。バイトとは違って責任の重さが違うし、はたして精神的に耐えられるだろうか、と思う。きちんと成果を出せるだろうか、社会はもとより企業に貢献できるだろうか。仕事を楽しめるだろうか。そんな気持ちを内定のずっと前から持っていた。社会勉強をしたくて、実際の仕事を目にしたくて、ドットジェーピーの説明会に参加した。そして、議員インターンへ。

 

 「ああ、人を喜ばせる仕事がこんなにやりがいがあるのか」と感動した。中村議員は知的障害者通所授産施設「あゆむ」の代表で、私たちインターン生はその納涼祭のお手伝いに参加する機会があった。多くの障害を持っている方は、高校卒業後の行く場所がないという大きな問題を抱えているという。作業所で働いても、自分で生計を立てられるほどの給与はない。一生涯、親の世話になるしかない。親が健在でいることが前提で成り立っている作業所を変えたい、そして生まれたのが「あゆむ」だ。そこでは高木ベーカリーとヤマト宅急便の支援を受け、仕事をすれば自立できるだけの給与がもらえる。作業所でいくらもらえるのか、(月額13万円)ということさえ知らなかったので、説明してもらって初めて世間が社会的弱者に対してどれだけ厳しいのかを感じた。

「あゆむ」の納涼会で、皆から気軽に声をかけられ挨拶している中村議員を見て、なんだかとてもほっとした。仕事は営利目的だけで成り立ってはいないと思ったし、議員が人で勝負する職業であることが嬉しかった。「政治」なんか難しく考えなくていい。生活の問題を、今ある暮らしを改善・向上する、その過程が「政策」だった、と考えればいい。そう考えるようになってから、自分の生活が政治と隣り合わせにあるのを実感できるようになった。

 

「福祉は今いる障害者や老人だけのものではなく、将来に起こりうるかもしれない自分のためにも存在しています。不慮の事故で障害をもつかもしれない、老いて介護が必要になるかもしれない、福祉は自分の問題でもありうるのです。」

81日の最初のインターンで私たちに話してくれた中村議員の言葉。

インターンが3週間過ぎ、その意味を少しずつ理解できるようになってきた。まだ完全にとは、言えないが。

 

仕事と、政治と、社会勉強と。そして人間的な魅力。インターンで学んだのは紙面上では絶対に得られない経験。

 

 

田中頼子 中村信彦議員インターン 第2回活動報告書

 

 

インターンも残り1日となった今日、思うこと。

「やって、よかった」

今年の夏休みは本当に充実した毎日だった。

中村議員に同行して、数え切れないほどの人と出会い、幅広い経験をさせてもらった。

 

一番印象的だったこと。

 

衆議院総選挙の手伝いに参加した。有権者の身分が効をなし、選挙活動運動員として登録。候補者の名前の連呼でしかないと思っていた「街宣車」は、手を振る立場になると市民の反応が嬉しい。赤ちゃんからお年寄りまで、選挙権の有無にかかわらず手を振りかえしてくれる人がいる。「頑張って」「いつも応援してます」と政治に関心のある人たちと直接出会う。マイクを持つといかに臨機応変に話すのが難しいか分かった。

 

「電話作戦」で支持者へ電話を掛ける。大半が反応なしの中、「丁寧にありがとう」「ご苦労様」と励ましの声。

 

「桃太郎作戦」で候補者と徒歩で有権者へ呼びかけ。候補者の後ろで旗を持って歩くから、桃太郎というそうだ。わざわざ家から出て応援してくれる支持者からの熱い期待。

 

「街宣サイクル」。選挙活動最終日、自転車で支持者へ最後の呼びかけに回る。

「応援演説」で岡田克也元代表と握手した。随時、市議会議員、府議会議員、参議院議員の方の応援もあり、私のインターン先の茨木市以外の議員さんとも多くお会いした。

 

それから「事務作業」。途方もない数のビラ折、証紙張りのほんの一部だが、それを手伝わせてもらった。

 

 衆議院議員イコール国会議員の公式が私の頭の中にはあって、華やかなイメージがあった。平日は永田町で暮らし、週末に国へ帰る生活。さぞかし忙しい毎日を送っておられるだろう。「市会議員」にもめったに触れる機会がないのに「国会議員」はいったい何を?というのが、インターン前の素朴な疑問。もし、総選挙がなかったら、候補者と接触する場はなかったかもしれない。それがあれよあれよという間の解散で、選挙となり手伝わせてもらうチャンスを得た。私にとっては本当に偶然の機会だった。過去のインターンを振り返ってもそんなことはなかった、らしい。

その不思議な「縁」をつかんだ私が目にしたのは、地道な活動をしている候補者。児童公園で、閑静な住宅街で、スーパーマーケットの前で政策を熱く語っている姿。後ろについて手を挙げているだけの私がすでに疲れていることも。年齢上では私のほうが若い。だが、実際は圧倒的に体力的にも精神的にも負けていた。朝から晩まで、選挙活動期間中の彼を支えていたものは「気力」や「意志」「精神力」という思いの強さではないか、と分析した。

 

 そして何より彼を国会に送り出したいという人たちの支援。それが一人の議員を創り出す原材料であるのを、強く感じた。

 

 「政治は参加してこそ意味がある」

政治の「傍観者」から「参加者」へ、と替わる切欠となった。

身近な存在として「政治」を考えられるようになった。

 

一番嬉しかったこと。

 

中村議員が生まれて初めてスパゲティを食べたときの話を、スパゲティを食べながら聞いた。何が、そんなに嬉しかったのだろう。これまでの長い議員生活を送ってこられた中村さんの、ずっと昔の、私の今の年齢よりも若かった頃の思い出を聞ける環境が、限りなく嬉しかったのだと思う。ささやかなことかもしれないが、職業の議員さんとしてではなく人生の先輩として話してもらったような気がした。

そんな中村議員の下でインターンが出来たことが、一番嬉しい。

 

この夏のインターンで、何か変わったか。何が変わったか。

インターンが終わって初めて、ハッキリした「答え」が出るもかもしれない。

でも、夏休み前の私とは違う。そう実感している。

 

第一回活動報告   濱口祥一

 

8月一日から始まったインターン、これは私の人生においてどのような意味を成すのか今はわからない、としかいいようがない。だが、着実に私の知識は増え、自分では何かわからない変化を感じ取ることができる。これから私の心に渦巻いている様々なものを書き出していきたいと思うが、どうか最後まで駄文におつきあいいただきたい。

人、私たちの歴史は長い、人は群れて社会を形成し、自分たちのグループのルール、進路を決定する必要性が生まれてきた。その中で、政治というシステムは構築されてきた、即ち、人類は政治とともに歩んできた。その結果、数々の統治システムも誕生する。古代においてはアテネ、ローマの民会でデモクラシーが芽生え、中世では世界中で1つの血筋を中心とする封建的な国家システムによりデモクラシーは一時的に歴史から姿を隠す。その後近世になり、議会制が復活し、民衆の意見は一応は国政に反映されることとなった。産業革命、市民革命、2度の大戦を経て今現在、世界中の国々で人々が平等に資産の有無などに関係なく、政治に参加することが出来るようになった。さらに、それと同じにその国に暮らす民の最も基本的なルール、憲法では全ての国民の平等が謳われている。日本においても幕末の英傑、坂本龍馬は誰もが虐げられないで、平等に生き、その中で個人として一人一人を尊重しあう社会の構築を目指し、奮闘した。現在の日本社会はまさしく、表面上はその通り実現している。だが、現実はどうなのだろう。このインターンを通じて改めてこのことを痛感する。

  ・差別〜これからの人間として〜 

 8月4日、豊川いのち・愛・ゆめセンターにてのことだ。そこの職員の方からここは以前、部落解放運動の中心地だったのだと聞かされる。何度か学校の道徳の授業で習ったもののあまり関心がなかった。私自身は祖父が韓国人ということを小さいころから聞かされ、育ったが、差別など受けたこともなかった。同様に、部落差別も普段、生活している中では何も問題はないらしい。しかし、就職や結婚の際にその地区出身だというだけで忌み嫌われ、差別されるという現状があったことを聞いて失望する。同じ日本人でありながら、住んでいる場所が違う、というだけで差別する。これほど愚かしいことはないと思う。(これは何も日本に限ったことではなく、韓国でも今はリゾート地として有名になった済州島もこのような差別をされたらしい。)とかく、人間が同じ人間をその人の出生や仕事によって差別するということは愚の最たるものだとこれからの人間には自覚していただきたい。過去に差別された人々や私の両親のような人のためにも・・・。

  ・障害者〜同じ国に生きる1つの種族〜

 先日、ラジオ出演でお世話になったパーソナリティーの神野二美代氏にアメリカではハンディキャップピープル(障害者)は同じ国に生きている1つの種族であり、存在していてあたり前の者だと受け入れられていると話を聞かされる。神野氏はそのことから敢えて「障害者」と呼ぶようにしたとも。日本人はどことなく障害者の方を「障害者」と呼ぶにはいささか抵抗を感じることがある。やはり、心のどこかでまだ自分たちとは違うという感覚がぬぐえないのだろう。私もそうした「日本人」になりつつあった。だが、8月5日のダウン症の子供たちとのふれあいを通じて、思い出したことがある。小学生のころ私の学年には障害者の児童が3人いた。その頃の私たちは平等に、否、普通のクラスメートとして生活していたはずだ。しかし、成長するにつれてやはり、どこか違いを感じるようになってくる。だが、最近特に思うのは、違いがあるのは人として当然のことであり、同じ街に生きる市民として見ることが大事なのではないか。特別視する必要はない、自分もいずれどうなるかわからない。ただそのとき自分を普通の存在として受け入れるそんな社会を作るべきである。 

  ・政治〜有権者と政治〜

 あれは8月3日のこと、初めて朝立ちを経験した。朝の出勤の時間帯ということもあり、人々は議員の演説に聞く耳ももたず、足早に去って行く。それは致し方ないと思うのだが、ビラすらも受け取ってもらえないことに私は衝撃を受けた。議員らにとっては当たり前のことだったかもしれない。しかし、市民、有権者のこの態度に疑問を投げかけたい。近年、日本の投票率は衆議院総選挙、参議院通常選挙で6割弱、統一地方選挙でもどうように5〜6割となっている。このインターンでもピックアップされている問題の1つ、まさしく有権者の政治離れが起こっていると言えよう。小林良彰慶大教授の分析によれば投票行動が、「投票者の期待を現実化しない」ために有権者は投票に行かないということだそうだ。さて、ここで本題に戻そう。市民がこのように感じている以上それは政治家にも問題があると言わざるを得ないここで、私は自分自身の考えを申し上げたい。政治家の方は投票者の期待を現実化するように頑張っている、が、市民は「投票者の期待を現実化しない」と矛盾が生じている。そもそも投票しない人達の期待が現実化されるはずもない、また、政治家は有権者の期待を現実化するのではない、自分に投票してくれる人のために働くのだ、厳密に言えば後援会などである。ここに政治家と4割強の有権者に意識の違いが現れるのではないか。即ち、市民は自分達の期待を実現化してもらいたいならただ投票するだけでは意味がない。政治家の支持基盤の組織に入会する、組織を設立する、陳情に行くなど自分達で行動を起こさなければ。もっと本当の政治を知らなければ。一方、政治家もより多くの意見を政治の場に反映させるため、自分達が当選するラインの票を見極め、切り捨てさせない制度をつくるべきである。例えば、議会における質疑応答の時間を獲得票数によって分配する。議会での投票の際、獲得票数によって持ち票が配分される。イギリスの一部の自治体のように四年に3度3分の一ずつ改選する選挙を実地する。など私を私の提言とさせていただく。政治家の皆様にはぜひともご検討いただきたい。

 まとめ

以上のように私の心に映り行くものごと書き記した駄文で失礼とは思うが、第一回活動報告とさせていただく。

 

第二回活動報告書

 

 この2ヶ月インターンを通じて何を感じ、何を考え、そして何を学んだか。その集大成がこの第二回活動報告書であるといってもいいだろう。以下、私なりの答えとして述べてまいりたい。

 

 今振り返ればこの2ヶ月間、中村議員を初め、民主みらいの議員の皆様に大変親切にしていただき、また多々ご迷惑をかけてしまったものと思い、ここでその謝辞を述べさせていただく。その2ヶ月で議員の皆様方から私の最も学ぶべき点とご指摘されたものであり、私自身も最も学ばせていただいたものが、普段は見ることができない議員の裏方の仕事である。議員と言えば、市民の皆様の市政に対する不満、疑問を市政に届ける役目や、選挙での演説など派手な面ばかり目立つ。私自身も議員の大半の仕事はそういったものばかりと認識していたが、今回のインターンでその誤りは修正されていく。実際の市会議員の仕事は、朝立ちを行い、市政について市民に報告したり、細やかなリーフレットを作って支持者に自分の働きを報告し、HPを更新し、市民の相談事に応じ、独自に社会に対して貢献するような活動を行う…など様々な活動を市会議員ともなれば一人で全てを請け負ってこなさなければならないという非常にハードな職業である。まさしく、自分に「志」がなければ到底できない仕事だ。

 「志」といえば大げさだが、絶えずなんらかの「意志」を持って生きること、これもまたこのインターンを通じて学んだことだ。企業人として、納税を通じて国家に貢献し、商品を通じて国民に貢献するという意識。誰もが平等に見なされて生きることができる社会をつくるという信念。時代の流れに翻弄されることなく、社会をよりよくするためにあきらめないという心。そしてこのインターンを通じて私自身見つけた「志」は、「プロ市民」として生きることだ。つまり、「自覚・責任感を持つ市民」である。これは佐賀県の鹿島市市長、桑原允彦氏による造語であるが、政治家になるにせよ、一般市民として生きるにせよ、常に我々の生活の側には行政、市政がいることを意識し、私たちの声を届けてくれる議員がいる。だからこそ私たち自身も議員を通じて、市政を監視し、市政に貪欲に参加していくべきではないか。ただ市民として行政に翻弄され、私たちが働いて収める税金が無駄遣いされても気が付かず、また時代の流れに翻弄され、あげく個人としての考えを見失い、一部の者が主導するままに政治が行われる。そして、市民は政治に対する意欲を失う。この悪循環を断ち切るためにも自ら積極的に物事を知り、市政に物申す、即ち市民としての自覚を持つ、プロフェッショナルとして生きることが重要なのではないかと思う。

 

 最後になるが、このインターン成立にご尽力された.jpのスタッフの皆様、またインターン中に出会い、お世話になった全ての人々、すばらしい議員、友人に感謝の意を表し、報告を終わらせていただきたく。

インターンから見つけた、将来のための宿題(第1回)

中村信彦インターン 稲川 香

作成日 8月31

 今日で、ちょうどインターンシップも折り返し地点となりました。今日までの1ヶ月間、インターンに行った日は毎日が勉強でした。今から、今日までの活動を参加する前に決めた目標に関してはどうだったかを中心に振り返り、これから何をすべきかを考えたいと思います。

 私のインターン終了後の理想像は

1.人に何かを伝えることがインターン前よりも上手くなる。

    …自分の考えたことを伝えるのが苦手なので、克服したいと思ったから。

2.自分に自信を持ち、胸を張ることができる。

   …今の自分では何が長所なのかわからないため。

3.考えて行動できる。

   …あまり考えずに行動することが多いため。

の3点です。そして、この理想像に近づくために、インターン開始後1ヶ月での目標を

1.1ヶ月の間に積極性をUPさせる

2.まずはどんな小さなことでもいいから、自分の考えを相手に伝えてみる。

3.今何をすべきなのかはもちろん、次はどうするべきかまで考える

4.頑張ったとき、自分の行いなどが良かったと思ったときは素直に自分を褒めてあげる

と設定しました。

 積極性については、まだ自分の中で「ここはあまり動かないほうがいいのではないか」と抑え込んでしまうこともあります。でも、わからないことは恥ずかしがらずに聞いてみようと努力したり、思ったことを素直に発言したり、少しずつでも積極的になってきたかとは思います。これからは、発言などだけではなく、行動自体にも積極性が必要だと思いました。なぜ、積極的に行動できないのかは、私の場合はやはり、何をしていいのかを自分の中で考えられていないところがあるためのようです。どうしたらいいのだろうと迷っている間にほかのインターン生が動いているという場面が多々あったので、明日からは私も、今まで以上に考えて行動することを心がけようと思います。

 

 明日からの残り1ヶ月、私が努力するべきことはたくさんあります。その中で特に力をいれたいことを、私はインターン活動中に見つけることができました。

 まずは、引き続き『伝える』に力を入れること。ある日、中村議員からエイズに関する話を聞いたときに、今まで知らなかった事実を始めて知ったショックがあまりにも大きかったのです。私が知らなかったことがたくさんある。改めて思いました。でも、それ以上に感じたのが「私が今日初めて知ったこと、他にも知らない人はいると思う。だから、次は私が伝える番なんだ」ということです。では、他のことはどうだろう。この日学んだこと。あの日感じたこと。あのときあの人が言ってた言葉、その想い。それを自分の中で何度も考えて自分なりに解釈して、自分の糧にして…そこで止めててはいけないんだ。それを次は私から周りの人に伝えていき、周りの人が考えたり、もっと知りたいと思うきっかけになってほしい。こう考えたとき、アウトプットをする意味をやっと見出せたように思います。こういう気持ちがあるから、私は人に何かを伝えたいんだと。

 そして、もう1つ、様々なことを自分から進んで学ぼうという気持ちを持つことです。今までの活動中、世間の流れをあまりにも知らなかった自分が恥ずかしいと思うことだらけでした。また、人権問題や福祉などで特に、知らないことにたくさん出くわしました。家に帰ったときに調べてみたりしてちょっとずつ理解し始めると、とてもわくわくしました。知ること・学ぶことって面白いなぁと本当に思いました。 

 私はもともと、政治に興味があって勉強したいと思いインターンに参加しました。自身の成長も期待はしていましたが、そこまで変わらないと思っていました。しかし、実際のところ、議員インターンを通じてこれからの人生全体に関わることをたくさん学び、それは少しずつですが自己の成長の道具になっていっています。インターン活動期間中の目標は、私の中では将来のための宿題のひとつのようなものです。

 残りの1ヶ月、もっと貪欲になって、宿題に取り組みたいと思います。 

2ヶ月間の活動から得たもの(第2回)

中村信彦インターン  稲川 香

作成日 9月25

 8月、9月の2ヶ月間、できるだけインターン活動に参加しました。もっと遊びたい、バイトしたい、寝たい…そういう思いが出てきても、すぐに「いや、やっぱりインターンに行くねん!!」って思えたのは、それだけ毎日得られるものが大きいと感じてきたからだと思います。

 設定した目標については、まだまだだったかなぁと思う面があります。目標の達成のためには、もっと自分自身が努力しなければならなかった、と。でも、目標を達成するためには、どんな目標であれ、楽せず、努力を惜しまないことが大切だとわかりました。

 例えば、自分の感じたことを伝えることに関して。私はもっと上手く自分の感じたこと・学んだことを伝えられるようになりたいと思っていました。そうすれば、周りの人が自分の発信したことに耳を傾け、また上手くいけばそのことについて考えるきっかけになるのではと思ったからです。そのためには、本当に努力が必要だということを知りました。中村議員は、議会や委員会でお話されるとき、そのお話に関係する担当の部や課以外の市役所の職員にも理解できるように考えて発言しているとおっしゃっています。私は傍聴していて、中村議員のお話が一番わかりやすく思ったし、また自ら聞こうという姿勢になっていました。これも中村議員のこれまで積み上げてきた努力があるからなのかなと思います。

 私は、この2ヶ月の間に大きく成長したいと思っていました。でも、人は2ヶ月間で劇的に変化はできない。成長とは、努力を長い期間積み重ねてようやくできるものなのだとわかりました。目標が達成できなかったと思う最大の理由は、激的な変化を求めて設定した目標だったからでした。

 インターン参加前は、『活動を通して長所を見つけて自分に自信をもつ』という目標もたてていました。実際は、むしろ自分の甘いところをたくさん見つけたのですが、10月から学校での生活中心に戻ってから、その甘いと感じたところを強くしたいと思います。 

 インターン活動を終えてからは自分はどうしていきたいか。

 今、私は大学で化学を学んでいます。なぜかというと、将来化学の知識を使う職業に就きたいからです。その仕事で、様々な人の生活が少しでも良いものになったらと思っています。

 私は仕事をするなら、人のため、社会のために働きたい。それは小さいときから変わらぬ考えです。

 そのためには、日々勉強を続けるべきだと思います。人々はどのようなことを望んでいるか。社会が何を必要としているか。それを実現させるためにはどうすれば良いのか。

 私は将来のために、自分の専門分野である化学の勉強を今まで以上に努力したいと思います。化学とはほぼつながらないインターン活動に参加してこの思いが強くなったのは、自分でも不思議です。でも、それもきっと中村議員の姿を見たからだと思います。

 興味のあった政治はもちろん、人としてこれからどうしたいのかも学ぶことができた2ヶ月間、私はこの経験をいつまでも大事にしたいです。 

話すということ(第1回)

中村信彦インターン 名前:柳原 舞

作成日 831

 

 話すということは、簡単なようでいて、いくつかの段階を経た上で成り立つ、複合的な動作だと思う。まず情報に触れ、自分の中に取り込める形に加工する。そしてそれを飲み込む。飲み込んだそれを自分なりの形に消化して、それに対する独自の考え方を持つ。そしてそれを外に放つ。これが話すという動作の成り立ちである。

 私は話すことに断固とした苦手意識を持っているわけではないが、自信はない。というより、今までそのようなことについて考えることはあまりなかったのだ。しかし議員インターンシップに参加するにあたって、なりたい自分を考えた時、ふと自分の話す能力の未熟さを感じた。もっと自分のことをわかりやすく伝えられるようなスキルが欲しい。

 前半のインターンシップ活動のどのような部分がこの参考になったかというと、さまざな人のお話を聞くことである。私のインターン先では施設などにについて行かせていただいて、施設の方や議員さんにお話を聞くことがほとんどであったので、私はこれまで目で耳で勉強させていただいた。議員さんは人にものを伝えることを日々の生業にしていらっしゃると私は認識している。ということは議員さんたちは話すことのエキスパートなのだ。彼らは相手の目をじっと見て、聞き取りやすいテンポ、声の高さ、大きさで話す。ずっと同じ調子で喋るのではなく、時には抑揚をつけ、身振り手振りをつけて話す。そして話の端々に何かユニークなことを言ったりして人をひきつける。私は上手く話すお手本を見たということによって、上手く話すためのポイントが少し理解出来たと思う。また相手の話を聞いて質問するという形での、話す練習が少しできたとも感じる。

 しかし最初にも挙げたように、話すという動作は複合的な動作である。よって、例え外に放つためのポイントがわかったとしても、まず自分の考えを持っていないと何の役にも立たないのだ。自分の考えは自分の中に閉じこもってうんうんうなっているだけでは出てこない。また、いつも誰かに話をしてもらえるわけではないので、そのような時は自分から情報に向かっていかなければならないのだ。議員さんたちは本当に知識が広く深い。色んな人とつながるためには色んな考えをもつことが必要で、知識やそこから生まれた独自の考えこそが彼らの財産なのだと思う。私にも話すための餌を自分で探しに行く姿勢が必要だ。

 ということで、私は上手く話せるようになるために、後半からの活動は、自分の興味ある分野をしぼり、それについての情報を仕入れ、自分の中に取り込むということに精を出したい。そして最後には、前半に学んだ、上手に自分の意見を放つためのポイントをおさえつつ、それを外に吐き出してみたいと思う。

自分への問いかけ(第2回)

中村信彦インターン 名前:柳原 舞

作成日 9月24日

 私はこのインターン活動を通して、人の前に堂々とたてるような人間になりたいと思っていた。間違っていても他人と意見が違ってもよいからはきはきと話すことができる人間になりたいと思っていた。正直なところこの目標に100パーセント到達することは出来なかったと思う。私はやはり人前で話すことをなるべく避けようとするし、はっきりと話すよりは曖昧に濁しつつ話しがちだ。それでもこのインターン活動を通じて少しは変化出来たと思っている。

具体的にどんな活動によって、私が変われたと思っているかというと、議員さんが毎日のようにしてくださった問いかけによってである。私がつかせていただいた議員さんは、インターン生をアルバイト生のようにが扱うのではなく、何かを学ばせようとしてくださったのか、多くの話し合いや会議、委員会に同席・傍聴させてくださった。そしてそれが終わるたびに「何か質問はありませんか?どう思いましたか?」と、聞いてくださった。最初私は、質問がないかと聞かれたところでまず何を質問してよいかわからなかったし、自分が何がわからなかったのかすらわからなかった。どう思ったと聞かれても、例えば「すごいと思いました。」、「面白かったです。」などの感想しか思い浮かばなかった。が、そのような質問が毎回なされるということがだんだんわかってくると、話を聞く時に「何を質問しようか?この話は私にとってどのような話なのか?」と考えて、議員さんからの問いかけに準備するようになった。今でも気の利いた質問や感想は言えないかもしれない。が、それでもインターン活動開始時よりはマシになったと自分では思っている。

人前で自分の意見をはきはきと言おうと思ったら、まず自分が何を考えているのかということを的確に理解していなくてはならない。自分の中で考えをはっきりした形に整えて、初めて人はそれを外に出すことができるのだ。その形が曖昧だったり、粗くしか整えられていなければ、まわりの人にそれを伝えることは出来ないし、出来たとしても非常にわかりにくいものとなる。はっきりと自分の考えを述べようと思ったら、自分が何をわかっていて何がわからないのか、自分が何を思ったのかを知らなければならない。自分のことなのだから簡単にわかりそうなものだが、意識しなければそれをつかむことは出来ないのだ。私はそのことに今回のインターンシップで初めて気がついた。

このインターンが終わってしまえば、もう「何か質問はありませんか?どう思いましたか?」という問いかけをしてくれる議員さんはいない。これからは私が自分自身にそれを問いかけながら過ごさなければならないのだ。自分で自分のことをすると甘えてなおざりにしてしまいがちだが、私はこの質問が議員さんから私への贈り物だと考えて、ちゃんと毎日問い続けたいと思う。そうすることで、私は自分が何を考えているのか、自分の意見をだんだんはっきりと知ることとなる。そうしていつか毅然と人前で話せる自分になって、議員さんにお礼を言いに行きたい。


(第一回活動報告書)

テーマ:『今までのインターンシップ活動を通して、設定した目標がどの程度達成できているのか。目標を達成するために今後どうするべきか』

将来の夢。

舩村武史

 自分がこのインターンシップに参加をしたのは、より積極的に行動できる人間になりたいと思ったからです。具体的な数値などは挙げにくいのですが、インターン開始前よりもその目標に近づいていることは実感しています。最近は以前よりも無意味に過ごす時間が少なくなったとよく思います。

 インターンの活動を通して、自分にとって一番プラスとなったのは、自分の進むべく方向が見えてきたことです。考えてみれば、「より積極的に行動する」というのはある意味一つの手段であってそれ自体がゴールというのは矛盾していたのではないか、と今なら感じます。インターン前の自分は、「やり方」ばかりを重視して、「何がしたいのか」を十分に理解出来ていなかったと思います。

 では、自分が将来どのような仕事をしたいのか、ということを考えたときに頭に思い浮かんできたのは、「外国と関わる仕事」でした。

私がインターンをさせていただいている中村信彦議員は、福祉や同和問題に深く携わっていて、お話しを聞いていると、子どものころからそのような問題と関わっていたようでした。私自身は、小学4年生から中学3年生までアメリカに住んでいて、帰国しても常に頭の片隅にあったのは、「どうしたらまた海外に行けるか?」ということでした。自分にとって、外国と関わることはごく自然なはずだったのですが、今までそれを職業として捉えることをしなかったのがすごく不思議です。海外に行きたいと考えると、少し積極的に動ける自分を発見しました。

 ただ、今回の目標達成度を自己評価するとまだ40点ほどしか与えられません。将来就きたい職種は見えてきたものの、全く具体化されていないからです。もっともっと積極的に動くには、自分の目標を今以上に具体化しなくてはならないと感じます。そのためには、海外と関わる仕事にどのようなものがあるのかを探し、その中でも自分に合った職業を見つけることが重要だと思います。これはおそらくインターンの期間が終わっても、私自身のテーマとなるでしょう。

 インターン中に私がやるべきことは、多くの人と関係を持つことです。将来の夢をもつこと以外に、もう一つ自分を積極的に動かす要素として、同じインターン生の存在も大きいと思います。議員インターンに参加している人は誰もがなんらかの目標を持っていて、そのような人たちに囲まれると自分も「なにかしないと」とそんな気持ちにさせてくれます。またインターン生だけでなく、議員さん本人や、議員さんが紹介をしてくれる方々もみんなが目標を持っていて、私に刺激をあたえてくれます。そのような人との出会いを大切にすることが、私のインターン生活で重要なことだと思います。

(第二活動報告書

テーマ『インターンシップ期間中行った活動を通して、設定した目標をどの程度達成できたのか。またこの経験を今後にどういかしていくのか』

中村議員インターンを終了して

 議員インターンも残すところあと一週間を切ってしまった。今年の夏休みは、10代最後の夏休みであり、大学で最初の夏休みだった。夏休みは毎年貴重なものだが、そういった意味で、今年のこの休暇は自分の中で特別だったと思う。同時に、その大切な時間を議員インターンというプログラムに参加できたことを嬉しく思う。

 この二ヶ月間のインターン活動を通して学んだことは一言では語れない。思い返せば、827日、大学ではまだ期末試験の最中に茨木市のインターン生が集合して、議員さんたちと一緒に茨木フェスティバルに参加をしたときから、僕のインターンは始まった。それから、いろいろな活動をした。ポスティングや議会・委員会傍聴、勉強会参加、事務作業などの一般的な議員インターンの活動もあったが、施設見学やラジオ出演、駅立ちなども体験させていただいた。

活動の中で、一番やりがいがあったのはやはり駅立ちだったと思う。初めてマイクを持ったときは、本当に混乱してしまって頭が真っ白になってしまった。一分も話しつづけられなかったし、自分が何を話したのかもあまり覚えていない。けれど、回数を重ねていくうちに、緊張もほぐれていって、自分なりに上手くできるようになったかな、と思えるようになった。不特定多数の前で話すという経験ができたのは本当に貴重だったと思う。

さて、このインターンシップを通して自分の設定した目標にどれくらい近づけただろうか。この問いに答えるのは正直言って難しい。インターンに参加をした理由は、積極的に動ける人間になりたいというのもあったし、政治に関わってみたいというのもあった。しかし考えてみれば、インターンに参加した時点で、積極的に動けていたのだと思う。そしてこの2ヶ月はまさに政治と隣り合わせの日々だった。だからそういった意味では、僕の目標は達成できたんじゃないかと自負している。

ただし、これらの動機はどちらかというと建て前的な意味合いのほうが強かったんじゃないかとも思う。正直なところを言うと、僕はインターンを始める際に具体的な目標は何一つ持っていなかった。「目標をもつ」ということに関しては、二つの段階があると思う。最初の段階はまだ自分のやりたいことが分からなくて興味を持ったことにとりあえずチャレンジしているとき、次は自分の目標がはっきりと定まってそれに向かってまっすぐに進んでいるときだ。僕は明らかに前者だった。僕のインターンは目標のあるインターンというよりは目標を探すためのインターンだった。

中間報告書にも書いたが、僕はこのインターンを通して自分の進むべく方向が見えてきたと感じている。だから、このインターンを今後どう活かしていくのかというと、自分の見つけた目標を達成するように努力すれば自然とこの経験が活きてくるのではないかと思う。

もう一つ自分がこのインターンで学んだことは、コミュニケーションの大切さ、そしてその難しさである。議員という職業は他人との信頼関係の上に成り立っていると感じた。信頼関係を築くのはコミュニケーションをとることに他ならないと思う。今後、自分の人生の中で多くの人との出会いがあるはずだ。僕はそんな出会いを大切にしていきたいと思っている。コネを増やす、といったら悪い響きになるかもしれないが、いかに多くの人と繋がっていけるか、深い仲をつくっていけるかは自分自身のコミュニケーションの力にかかっているのではないかと強く感じた。コミュニケーションをとることの難しさは、先にも書いた駅立ちや、議員さんや同じインターン生と話をするときに会話が途切れてしまった、といった場面で体験した。今後、もっともっとコミュニケーションの技術を磨いていきたいなと思う。

長いようで短い夏休みだった。ようやく議員さんや他のインターン生との距離が縮まってきたかな、というところだったので終わってしまうのが本当に惜しい。今後も議員さんや茨木のインターン生との交流を保っていきたい。

最後になるが、このインターンで出会った方々にお礼をしておきたい。

二ヶ月間インターンをさせていただいた中村議員、一緒に活動してくれた稲川さん、柳原さん、また多くのお世話になった方々、本当にありがとうございました。

 926日 舩村武史

第一回活動報告書

中村信彦議員インターン 河合 翔


32

 私はこの2月、中村議員の下でインターンをして得た成果の一つは、福祉政策とは障害者や高齢者のためだけにあるのではなく、健常者も含めた市民共通の価値であるということである。なぜなら、障害者施策を推進することがしいては市民全体の利益になるからである。
 このことは、例えばエレベータやスロープ等のハード面でのバリアフリーが整備されれば、高齢者や事故で杖をついて歩いている人、また乳児を連れている人など、誰もが歩きやすく、暮らしやすい街になることによって表されている。
 「福祉」とは、障害者・健常者問わず、社会全体を安心して暮らしやすい社会にするためのものという認識は、これから少子高齢社会をむかえるにあたって、何にもまして重要なものとなるのである。
 それゆえ、障害者が内に籠もるのではなく、積極的に外へ出掛けていくことは、非常に大切なことなのだ。
 私はこのインターンで様々な所へ行き、多くの人と出会った。そうするなかで、インターンシップの目標であった積極性や問題を主体的に発見する力が高まった。
 そのために、私は初対面の人と出会ったときに、できる限り相手のことを理解するように努めた。その人はどんな目的で何をやっているのか、どんな志や夢を抱いているのかなど、その人の仕事に対する思いや情熱に耳を傾け、その人からできる限り多くのことを学びとっていった。
 私がインターンの中で出会った人々は、多くが人生の先輩であり、色々なアドバイスを聞くうちに、これまでの人生観が変わり、ポジティブに物事を考えられるようになった。
 中村議員の下でインターンをして本当によかった。中村議員の明るさや常に柔軟に物事を見ようとする姿には本当に感心させられた。中村議員と共に働くうちに、絶対無縁だと思っていた「政治家」という仕事も非常にやりがいのある仕事で、将来の選択肢の一つかなと本気で考えるようにもなった。そのためにも、あと残り一ヵ月、あらゆる問題点を冷静に分析し、自分なりの対応策を見いだせるようになりたい。

第二回活動報告書

中村信彦インターン 河合 翔

作成日325

私はこのインターンで、これからの「福祉」のあり方について、これまで以上に深く考えさせられた。それは、「障害者」、「高齢者」といった区分ごとに分けられたものではなく、障害者・健常者という垣根をも越えた社会全体に共通した利益を与える福祉である。
 これはつまり、個々の福祉施策が、それを推進することにより、日々生活を送っている個人個人が、障害あるなしに関わらず、快適な生活を送ることができ、精神的にもより充足した生活を送ることができるということである。
 具体的に言うと、例えば駅にエレベーターを設置したとする。そうすると、もちろん車椅子に乗っている人はそれによって、改札からホームへとスムーズに移動できる。一方で高齢者や妊婦、事故などで松葉杖で歩いている人や子連れの人等、どんな人にとっても使いやすく、快適な空間を作り上げることができるのである。
 こうしたことが社会全体に認識されて初めて、日本の福祉基盤も強固なものとなり、制度やサービスを含め、国際社会において誇れるものとなるのである。
 それゆえ、ハンディを持っている人が積極的に社会へ出ていき、そこに溶け込んでいくことは非常に大切なことなのだ。
 このインターンシップでは、私はこれまで以上に町に出かけ、今までしたことのなかったことも色々経験した。朝立ちや集会でのスピーチ、そしてラジオ出演など、これらは普通に学生生活を送っていれば、決して体験できなかったことである。
 こうした人前に出て話したり、議員さんなど自分よりも目上の人と話すことは、大人としての社会性を身につける上でも、また生涯学習という点からも非常に重要なことなのである。
 このインターンシップで、私は多くの人と貴重な出会いをした。企業でダウン症の人の雇用を推進しておられる方、国際交流事業で子どもたちを海外へ派遣し、国際平和のために尽力しておられる方、また障害者施設へ見学したときに出会った知的障害のある方など、それぞれに思い出深い出会いであった。それぞれの存在が社会にとって意義深いものであると感じた。
 この出会いの中で、私は福祉というものは、単なる制度や援助技術だけでなく、人と人との密接な人間関係の上に成り立つものであると改めて実感した。
 その人間関係や日々の集会や勉強会などの活動が土台となって、議会での発言がなされていることは非常に興味深かった。
 このインターンシップをするまで、議員さんの活動といえば議会での質疑や選挙活動ぐらいしか思い浮かばなかった。またテレビやマスコミがよく報道しているように、政界では政治献金など「カネ」との癒着が多く、正直汚い世界だというイメージもあった。しかし、この2ヵ月間でそうしたイメージは全くの間違いだとわかり、「政治」=「生活」なのだという確かな認識をもつことができた。 このインターンを終えても、他人任せではなく、主体的に政治に関わっていきたい。そうすることで、福祉がより発展し、誰もが生きがいを感じ、自信をもてる社会が築けるのである。

このインターンシップで気づいたこと

            中村信彦議員インターン 山本紘生

                        作成日 226

朝立ちで一度、自己紹介とインターンについて街頭演説をさせて頂いた時に、実際マイクを持つと頭が真っ白になって、何度も言葉に詰まった。たった3分なのにまともに話ができない自分にいらいらした。中村議員は1時間一人で話し続けたことがあるとおっしゃっていた。そのようになるには何十年間も朝立ちを続けてきたからだろうなと考えた。朝立ちの時に人前で話をして初めて自分の意見を頭の中でまとめ、明確に人に伝えることの難しさを痛感した。文章を論理立ててまとめることが苦手な私は、ただ自分のことを話すだけなのに、それさえ出来なくて悔しかった。常日頃からものを書くときなどに、論理的に文章をまとめる練習をすべきだと感じた。

 中村議員とともに活動する中で人と会う機会が増えた。市役所の中ではもちろん、施設見学や朝立ちなどで子どもからお年寄りの方までその年齢層は多岐に渡る。そこで私はどんな人に会っても挨拶をすることの大切さを感じた。市役所内で通りすがりでも頭を下げる、『おはよう』『こんにちは』『元気ですか?』など、基本的なことだが、それをきちんとこなすことは心がけておかないといけないと思った。私自身、他人特に自分より目上の人と話す際に、自分の意見を分かりやすく相手に伝えられるようになれたかというと、まだまだだと思う。上でも述べたが、常に頭で考えていないからであると思う。中間交流会でスタッフの方が分刻みに自分の行動を書いた、とおっしゃっていた。1時間前のことなのに、思い出せない。それは考えて物事を見たり感じたり聞いたりしていないからだということが分かったそうだ。インターンを始めてからいろいろな所に行かせて頂いているが、そこで新しいことを発見する中で、頭で考えることと体で感じることが多くなった。同時にインターンをする前の自分は何も知らなかったのだということが分かったし、スタッフの方の話を聞いて受身の態勢ではなく、もっと積極的に自分から動いたり考えたりしようと思った。そのためには、ふと疑問に思ったことはどんなささいなことでも遠慮せずに聞く姿勢をとろうと思った。

インターンシップを通して

中村信彦インターン 山本紘生

作成日324

 私は論理立てて文章を書くということを目標にしていたが、残念ながらインターン期間中の活動で文章を作成することはなかったため、この目標は達成できなかった。しかし、インターンを通して普段気づけない自分の足りない所を見つけられたのはよかったと思った。今後の課題が残った分、これから大学で勉強していく中で、論理的に文章を書けるように努力していくつもりだ。

 もう一つは、自分の意見を明確に相手に伝える能力を身につけるという目標だ。中村議員はめったにインターン生に質問をしなかった。初めは何を尋ねていいのか分からずに戸惑ったことも多かったが、受動的な態度でいても何も分からないし、何も始まらないということに気づき、些細なことでも気になったことは全部尋ねるようにした。次第に私だけでなく他のインターン生も自発的に質問をするようになり、分からないことや自分のことなど議員さんと話をする機会は多かったと思う。話すことに慣れてくると、自分に余裕ができ、敬語を使って話すこともまだ完璧とは言えないが出来るようになった。自分の意見を人に分かりやすく伝えることと同時に、人と話をすることの重要さを感じた。この目標は約7割達成できたと思う。また中村議員は19年間も議員生活をなさっているからかもしれないが、話をするのが上手だ。街頭演説では1時間話し続けたこともあるそうだ。ラジオのパーソナリティーとして、質問されたことにほとんど間をおかずにお話をされていた。中村議員の頭の切り替えの早さと知識の豊富さに私はいつも驚いていた。私も中村議員のようになりたいと思った。

 議員さんの仕事を2ヶ月間見てきて、その仕事の責任の重大さを感じた。国民の代表として選出され市や町を動かしているのだから、当然のことだが不正なことや疑わしいことはできない。支持者の利益になることばかり考えてはいけないし、国民全体の利益を考えなくてはならない。すると、国民に説明する責任も出てくる。自らの仕事に責任をもって取り組むことを議員さんから学んだ。私はアルバイトで働いているが、自分の仕事に責任を持って行動しているだろうか、と考えた。たとえアルバイトでも、いつも責任感をもって仕事ができるようになろうと思った。そして大学を卒業して就職した時も、このインターンシップで見てきた議員さんの姿を思い出して働こうと思った。

 議員さんやその知り合いの方たちと話をすると、よく自分の無知さを痛感した。社会に出て働くということは、与えられた仕事をこなすだけでなく、世間のことや一般常識を知っている必要があるのだと思った。私も今年で成人になるのだから、新聞を読んだり本を読んだりして知識を身につけ、また残りの大学生活の間に資格を取ったり、他のインターンに参加したりと自分から積極的に外に出て、活動や経験をしようと思う。

今回インターンをさせて頂いた中村議員の私が最も見習いたいところは「自分で動く」という考え方だ。例えば障害者の方に対して、私は「自分が何かしてあげないといけない」という気持ちやが先行してしまって障害者の方ができることまで手伝ってしまった。私はインターンの最初の頃に指摘された。「できないことは障害者の方が自分から私たちに言うだろう。私たちが勝手に手伝うことで彼らの可能性も狭まってしまう。」と、中村議員はおっしゃっていた。私はこの考え方にとても共感し、今までの自分の考え方や行動が恥ずかしく思えてきた。この考え方は障害者の方たちだけに対してのものではない。もちろん状況によって少しは違うこともあるかもしれないが、ほぼ誰に対してでも共通する考え方だと思う。

私は議員インターンシップに参加してたくさんのことを学べた。成長したとは決して言えないが、これからの自分を考える上で刺激をもらった。インターンシップに参加できて本当によかった。

『今までのインターンシップ活動を通して、設定した目標がどの程度達成できているのか。目標を達成するために今後どうするべきか』

中村信彦議員 インターン木村友美

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インターンシップ活動を始めてから、早一ヶ月がたちました。その間様々なことに触れ、

多くの人との出会いがありました。私は、インターンの通して表現力を身につけたいと思っており、その目標達成に向けて頑張ってきたつもりです。朝、駅に立ち自分に言葉で、自分の考えをマイクを通して初めて話したとき、自分の表現力のなさをとても痛感しました。それと同時に議員さんの持っている表現力をとても感じました。表現力とは、相手に納得してもらえ、共感してもらったときに初めて成り立つものだと思います。いくら良いことを考えていても、それが人に伝わらなければ何の意味もありません。私に一番不足している能力であり、必要な力だと感じます。まだまだ達成にはほど遠いところにいるのが現状です。しかし、インターンに参加することによって常に意見を求められるため、自分の意思を持ち、それを伝える手段、その話に対して深く考えるので、その能力を少しずつではありますが、伸ばすことができているような気がします。手探りで一歩一歩進んでいると思います。

表現力を身につけるためには、積極的に人前で話すこと、強い思いを持つことが必要だと感じます。そのためにもっとたくさん質問をし、失敗を恐れずとりあえず思ったことは口にだしていきたいと思います。そして社会に関心を持ち、それに対しての何か自分の考えを常に持たなければなりません。どんなささいなことでも疑問に思ったことは聞き、視野を広げていきたいです。それが、延いては相手に自分の意見を分かりやすく伝えることにつながると思っています。一日に三つは必ず質問することを心がけて、これからのインターン、自分の考えを持つだけでなく、常に社会情勢に興味を持ち、考え、自分の言葉で話していきたいです。自分の考えを相手に分かりやすく伝える力、「表現力」の習得に向けていい意味で貪欲に、積極的に活動していきたいと思います。

「インターン活動を通して」

               中村信彦インターン 木村友美

                         作成日3月26日

インターンシップ活動を通して私はとても多くのことを得た気がする。参加しなければ、絶対に行くことのなかった場所や人たちとの出会い、様々な経験をした。議員という職業に漠然としたイメージしかなかったが、そのイメージが大きく変わったのも事実である。常に、毎日、一日一日が仕事という印象を受けた。市役所にいるだけでは成り立たない。議会に臨むための下準備、勉強、外に出て直に人々と触れ合う。気が抜けない、とても体力が必要な仕事である。一緒に活動をしていて、議員さんってすごいと改めて実感した。と同時にその親しみやすさも感じた。政治は身近なもの、自分達の生活に本当に密着しているものだと。だからこそ、もっともっと私たち若者が政治に関心を持たなければと思った。インターンに参加して政治に対する見方が確実に私の中で変わった。もうすぐ20歳になるのだが、これまで選挙権のことなどあまり真剣に考えたことなどなかった。しかし、インターン活動を始めてから投票するのは私たちの義務であり、自分たちの生活をよりよくするためにもしなければならないと感じるようになった。政治の現場に直接触れて初めて、今の若い人の政治離れが恐いものだと思った。政治は私たちが関わらなくても動いていくだろう。しかし、それは片寄ったものになることには間違いない。インターンで政治に触れるなかで、選挙権の持つ重みを感じた。

様々な世界をのぞきたい、表現力、行動力を身につけたいと思いこの2ヶ月間すごしてきたが、想像していた以上に刺激的な2ヶ月だった。特に、議員さんを見ていて行動力の必要性を感じた。自分から動きださなければ何も変わらない。物事を動かす力の重要さを知った。そしてその行動をずっと続けることの大切さも。朝立ちを19年間、毎週しているとおしゃっていたが、言うのは簡単だがそれを実行するのは大変である。私はこの2ヶ月間に何度か参加しただけだが、それでも大変だった。行動を起こすだけでなく、持続すること。それを忘れてはいけないと思った。

また、表現力を身につけることも目標にしてすごしてきたが、自分自身まだまだだと思う。表現力の向上におわりはないと思うが、どれだけ強い思いを持っていても、それを伝えることができなければ、意味がない。伝わってはじめて意味をなす。伝えるには、自分の思いを持たなければならない。インターン活動のなかでラジオに出たが、ゲストの方が話していた時、目がキラキラしていたのが印象に残っている。初めて中村議員に会った時、どうして議員になったか、議員である今、社会をどう変えていきたいか話してくれた。その時の中村議員の目のしっかりとした輝きを忘れられない。自分の伝えたい強い思いを持っている人ってこんなに輝いているのだなあと思った。こんな大人になりたいと思った。自分の強い思いを持つことは表現力の向上につながる。思いを持つためには、自分の興味あることにとことん打ち込んだり、日々の生活のなかのニュースに関心を持ったり、色んな人と話し、多くの出会いを経験することが必要であると思う。表現力やその他の能力を上げるには、行動力、色んなことに顔を突っ込み、挑戦してみるそんな姿勢が大切なのではないだろうか。これからそんな風に自分から積極的に動いて色んなことに参加していきたい。

中村インターンに参加することができて本当に良かった。あっという間の2ヶ月間だった。時間がたつのが早いと感じるのは、その時間で吸収することが多く、一生懸命過ごせたからだろう。ここで学んだことを将来の自分にしっかりとつなげていけたらと思う。

岩本麻衣さん
(立命館大学)
中村信彦イン  名前:岩本麻衣

議員インターンシップを始めて早くも1ヶ月が経とうとしている。

私はインターンを開始するまで政治家という人々と身近に接したことが無く、政治家といえば単にブラウン管の中で見るだけの集団であり、自分には疎遠な場所で活動をしている人たちなのだと思っていた。私が今回インターンに参加した一番の理由は政治的知識を取り入れたいからであったが、一方でそのような政治家という職業に就いている人々と活動を共にさせて頂き政治をもっと自分の近くに感じてみたいという思いもあった。

この3週間、実際に中村議員には朝立ちや、施設訪問を始め通常ではなかなか経験出来ないであろう多くのことを行わせていただいた。地方自治体で活動をしている議員さんが普段どのような活動をしているのかをよく知らなかった私は、一生懸命たくさんの市民の声を施政に反映させようと努力なさっている中村議員の姿に胸を打たれた。

この際だからはっきりと言ってしまうのであるが、実はこのインターンを始めるまで私は政治家という人種に全くと言っていいほど良い印象を抱いてはいなかった。逆に不信感を募らせていたくらいだ。政治家の不正や汚職は日常茶飯事であり、政治家というものは皆自らの利益のために働いているのだ、政治など誰がやっても所詮は同じなのではないか、と。しかし、その思いはこの1ヶ月で変えざるを得なくなった。私をインターン生として受け入れてくださった中村議員を初めとして、いつもお世話になっている同会派の議員さん達は皆市民のことを一番に考え活動をしている政治家なのだと言うことが分かったからである。皆さんは各々の専門分野の問題に実に真剣に取り組んでいらっしゃり、会派会議での議論の白熱さに圧倒されたのは記憶に新しい。将来国家公務員を目指す者として国民(市民)のことを第一に考えるこれらの議員さんたちは正に公務員の鏡である。

  まだインターンシップ活動が始まってから1ヶ月しか経たないにも関わらず政治家という職業への認識を初め、本当にたくさんの考えが変化したと思う。残りの1ヶ月間悔いの無いように過ごし、これまで以上に多くのものを得ていきたいと思う。

インターン終了間近にあたって 

中村信彦イン 名前:
岩本麻衣

                     作成日:3月20日

早いもので、2ヶ月間に及ぶ議員インターンシップ活動もまもなく終わりを迎えようとしている。そのインターンシップ活動の中で、私が得、また感じたものとは何か。本来であればひとつひとつ今までの出来事を振り返って各々克明に記していくべきであろうが、インターンでは本当に沢山の様々な出来事を体験させていただいたため、この場で書ききることは不可能だと思う。

よって今回はその活動の中でも特に私の印象に残っている出来事と、それに併せて現在の私自身の思いを述べたい。

私にとって最も印象に残っている出来事、実はそれは中村議員が現在も毎週かかさずに行っていらっしゃる「朝立ち」であった。

実際に自分が街頭演説を経験してみて、いかに街頭演説が大変なものかを知り、また自分の考えを言葉として言い表すことの難しさを身をもって知った。加えて中村議員を初めとする議員さんの毎回の堂々たる演説ぶりに驚いたものである。なにより、朝立ちでは議員さんの一生懸命人々に自らの思いを訴えかける姿に胸を打たれた。自らの考えもふまえながらも、しかし市民の視点に立って物事を見られる中村議員のような議員さんたちに脱帽する思いを抱いた。また、朝立ちは実際に街頭演説を経験することによってしか学べないことを身をもって学習した出来事であった。

 また、それに加え本議会の「傍聴」もとりわけ私の印象に残る出来事である。なぜなら私にとって議会の傍聴をすることは長年の望みであったが、なかなか機会がなく今回の市議会の傍聴が私にとって人生初めての傍聴だったからだ。

 特に3月に開かれた本議会は各党の質問者と、市長及び市役員との質疑応答が本格的に繰り広げられ、面白かった。

毎回の発言に各々の党の考えや信条などが表れることによってそれぞれの党の性質を知ることができ、参考になったのはもとより、「これで果たして回答になっているのだろうか?」という市の役員たちの答え方も知ることが出来た。また、その質問によって多くの党が市民の声を一生懸命に施政に反映させようと努力しているのだという姿を見ることが出来て大変好感が持てたのも事実である。

その他にも中村議員には数多くの行事への参加や、施設見学に同行させていただき、議員インターンシップのような機会でしか体験できない経験を沢山積ませていただいた。今思い返してみてもどれも実に内容の濃い体験であったといえる。

今回のインターン活動を通し、自分の知らなかった世界・知識に触れることによって、自分の見聞がどれほど広められたことだろうか、言葉では言い尽くせないほどである。私がインターン活動を行うに当たり全力で支えてくださった中村議員、そして他の茨木市の民主・みらいの皆様を初め、活動中にお世話となったすべての方々に厚く御礼を申し上げ、私の活動報告に変えさせていただきたく思う。

阪口直美さん
(同志社大学)
          議員インターンシップ活動 前半戦  
      
茨木市議会議員 中村信彦議員インターン 阪口 直美 
                 作成日  2月28日

   私は当初を思い出せば、政治の知識も乏しく政治に良いイメージを持っていないこんな私が、議員さんと一緒に行動することは、失礼なんじゃないか、また、そのことを咎められるかもしれない、と不安に思っていたと思います。しかし、そんな思いは、活動1日目で消えてなくなりました。緊張して市役所控え室に入った私を、民主みらいの議員さん方は温かく迎えてくれて、ホッとしました。

   インターンシップに参加するにあたり、第一志望の議員さんにあたったということも幸運でした。私は、もともとは、国際関係・特に日本とアジアとの関係が一番興味あるのですが、このような機会がないと触れることもないかもしれないこと、地域密着の政治を近くで見てみたいと思い、また、身障者・福祉人権に力を入れていらっしゃるという中村議員は、自分自身、家族に身障者がいる私にはぴったりでした。

   活動を始めて驚いたのが、議員さんの行動範囲の広さです。広さとは、地理的なものではなく、本当に様々な活動に積極的に楽しんで参加しているということです。例えば、活動3日目は朝の早くから、もう何年も続いているというキックベースの大会の開会式に出席し、公民館・男女共同施設の展示見学に行き、障害者家族に、自立支援法改正の説明兼勉強会を開き、合間をぬってキックベース閉会式に駆けつけ、また勉強会に戻る・・・と日曜だというのに本当に1日中、市民の方々と触れ合い、地方自治体では、そのようにこつこつと信頼を構築していくものなんだ、と学んだと同時に感心しました。また、積み重ねという点では、朝立ちもとても印象深い活動のひとつです。この体験は、この議員インターンでしかきっとできなかったと思います。中村議員は、毎週水曜の早朝にもう何年もかかさずに朝の街頭演説をしていらっしゃって、私は前半戦でまだ一度しか参加できていないのですが、マイクを持つと頭が真っ白になるという情報を得ていたので、それなら何も考えずにいこうと思い、望んだわけですが、もっとひどいことになりました。話はつまり、大阪弁は出るし、言いたいことも言えずに終わり、悔しかったです。街頭演説は、慣れだと思うので、誰も聞いていないから好きに喋っちゃえ、と開き直って次回は名誉挽回したいと考えています。

   この1ヶ月間、このインターン活動では何事にも積極的に参加して、発言して、質問して、様々